短編小説 【僕と僕のおばあちゃん】


この物語はフィクションです。

【僕と僕のおばあちゃん】

僕が13歳になった頃。
部活や塾で忙しくなって、
毎年行っていたおばあちゃんちにも
行けない時があった。

僕は淋しくなかったけど、
おばあちゃんは淋しいって
たまに電話を寄越した。

おばあちゃんは今年で
66歳になるらしい。
ちゅうどお母さんの2倍なのよと、
お母さんが嬉しそうに言ってくれた。


ある朝僕が目覚めると、
僕は田舎の方の駅にいた。

駅のホームを見回すと、
古びた青色ですすけたベンチがあって、
見慣れた猫背で
太っちょのおばあちゃんがいた。
髪の毛はお母さんよりも白い毛が混じって、
肌もしわしわだった。

遠くからでも分かったのは、
僕が去年の冬休みに、
お年玉で買ってあげた
ピンクの毛色のマフラーをしていたからだ。
おばあちゃんはすごく喜んで、
僕が嫌がるのも気にせず、
何秒も何秒もぎゅっと抱きしめた。

おばあちゃんはベンチから立ち上がると、
小銭入れを取り出し、自動販売機に近付いた。
細かいお金を小銭入れから入れてしばらくすると、
自動販売機の下の口からココアが出て来た。
おばあちゃんは、
古ぼけて色がちぐはぐの布で出来た鞄の中に、
まだ温かいココアを詰めた。

しばらくすると電車が来て、
おばあちゃんはゆっくりとそれに乗って、
電車もゆっくりと扉を閉めた。

電車の中で車掌さんが切符を取りに来てくれて、
おばあちゃんは
いつも物を無くした時にする仕種を見せた。
立ち上がって、両手で体中のポケットを叩いた。

切符の音は鳴らなかった。

「ごめんなさいね。また無くしてしまったみたい」

おばあちゃんは恥ずかしそうに笑ってみせると、
若い車掌さんもニッコリして見せた。

「次からは、電車の中で買うとお得ですよ」

おばあちゃんは切符を受け取り、
小銭入れを鞄に押し込むと、
鞄を両腕に抱えたまま
コクりコクりと頭を揺らし始めた。


車窓に映る景色は、
肌寒そうな野山から
穏やかな町並みに変わっていた。
僕の家はもう少し先だ。

66歳にもなるおばあちゃんには大変だと思うのに、
おばあちゃんは『鈍行』に乗ってやってくる。
昔おじいちゃんと電車に乗って
食べに行ったソフトクリームを思い出すらしい。

おばあちゃんが次に目覚めると、
何度目かの乗り換えの駅だった。
おばあちゃんは遅れないよう、
何駅か前から寝ないようにしていた。
乗り換え前のおばあちゃんの口には
甘そうなべっこう飴があって、
口の中をコロコロと跳ねていた。

おばあちゃんが乗り換えて、
しばらく線路を進むと、
急に景色が変わった。
僕が住んでる街が近いせいだ。
窓の外は高いビルが並び、
窓の外に見える線路が増えた。

僕の家は都会の郊外にあった。
近くには僕が最近まで通ってた小学校や公園があり、
駅からの道には
何軒も似たような家が並んでいた。
いつも迷うのよと、
おばあちゃんは来る度に言っていた。

おばあちゃんは僕の家までの
最後の乗り換えに差し掛かった。


「人がいっぱいね」

都会の真ん中の駅での乗り換えは人だらけ。
田舎から田舎、田舎から都会への電車道は
おばあちゃんのための席があったけど、
この電車におばあちゃんの席はなかった。

騒ぐ大学生に仕事帰りの会社員、
買い物帰りのお母さんに子ども。
みんな荷物をいっぱい持って、
僕の学校帰りみたいだった。

電車の時間は残り20分。

あと20分で僕の家がある駅に着く。


乗り換えから1駅進んだ。

若い人がたくさん降りた。

「あっ」

僕は声をあげた。
窓際で立っていたおばあちゃんが、
若い人にぶつかったんだ。

若い人は舌を鳴らして
一度おばあちゃんを見ると、
そのままどこかに行った。

おばあちゃんはよろめきながら、
重そうな鞄を抱え直した。

「年を取ると、弱い気分になっちゃうわね」


おばあちゃんが見る窓は、
もう夕焼けだった。
誰か優しい人が席を空けてくれたみたいだけど、
おばあちゃんは立っていた。

電車は2駅進んだ。

さっき降りた量の2倍くらいの人が乗ってきて、
電車の中はぎゅうぎゅう詰めになった。
窓際から少し離れてしまったおばあちゃんからは
席の形も見えないくらいに電車はぎゅうぎゅうだった。

「…ちゃんと……降りられるかしら…」

ぎゅうぎゅうの社内は少し暑くて、
おばあちゃんは苦しそうだった。
荷物を両手で抱きしめて、
誰にも分からないように
鞄の上に溜息を零していた。

僕の駅の3駅前に着いた。

電車いっぱいの人たちが、一斉に降り始めた。

「ババア邪魔だよ」

おばあちゃんは窓際と通路の間から、
体をよろめかせながら
電車の外へと押し出された。
おばあちゃんは電車から押し出されながら、
ごめんなさいごめんなさいと言っていた。

人がだいぶ減った車内で、
おばあちゃんはまた窓際にいた。

「人が減ると楽ね」

ふぅふぅ言いながら、
おばあちゃんは窓際の手すりに手を添えて、
しばらく外を眺めていた。


おばあちゃんは駅を降りると、
家の屋根の色を身ながら僕の家へと向かった。

「おみやげ、おみやげ」

おばあちゃんは強くニッコリしてみせて、
自動販売機に近付いた。
小銭入れを取り出して、
自動販売機の取り出し口に手をやった。

玄関のチャイムが鳴って、
お母さんが出迎えた。

「おばあちゃん来たわよー」

お母さんはおばあちゃんを迎えると、
すぐに大人の世間話をした。

「遠くなんてないわよ」

おばあちゃんは、
よいしょと荷物を下ろした。

「電車で寝ていればすぐ着いちゃうんだもんね」

おばあちゃんは僕にそう言って、
一番優しい顔をして見せた。

それから思い出したみたいに鞄に手を伸ばし、
まだ熱いくらいのココアを僕に渡した。
続けてもう一度鞄に手を伸ばし、何かを取り出した。

「おばあちゃんも、ほら」

おばあちゃんの手には、朝のココアが乗っていた。


【僕と僕のおばあちゃん】




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